2013年07月27日

『Before Midnight』

久々の映画コメント。

私の出発点でもあった『Before Sunrise』そして『Before Sunset』の続編『Before Midnight』を見てきました。

電車の中で誰かちょっと素敵な人を見つけて、たまたまその人がどういう因果か自分に声をかけてくれて、そこから急激に親しくなる。こんな状況があることはほとんどないんでしょうが、いざ話しかけられて、英語がしどろもどろで「あいあむぐっどさんきゅー」なんていうしょうもない受け答えしかできなかったら、せっかくの出会いも活かすことができないな、と思ったのが私が英語を始めるきっかけでした。これが今からどうやら記録によると8年前の春のこと。当時は字幕についていくのですらやっとだったこの映画、8年後の今は字幕なしで、そしてここオーストラリアの映画館で見ることになるとは(敢えて一人で見たかったこの映画、見た後で一人でよかった、としみじみ)思いもよりませんでした。あれから8年、私はウィットに富んだ会話ができるようになったのかな。少なくとも「アイアムグッドサンキュウ」で会話が終わることはもうないと思います。

若かったジェシーとセリーヌも中年で子どももいる。だから会話だって当たり前だけど日々のルーティーンのしょうもない会話になってしまう。そんな二人が久々に二人きりで「歩く」。この映画に共通している歩きながらの会話はただのカップルの会話であるだけに、すごく身近に感じるし、まるで自分がその場にいるようになってしまう。若いセリーヌはちょっとその小悪魔的なコメントも「かわいい」というだけで終わってしまうところが、年をとるにつれ、口の減らないおばさんになってしまっているところもリアルだし、またそこがかわいらしい。息子との関係で家族に負担をかけてしまっているジェシーも相変わらず「もっとしっかりしてよ」という感じになってしまうのは、男の人ってどうしてもそういう部分があるはずだし、それまたご愛嬌。ポンポンと続く会話が本当にリアルで、これはセリフを覚えるだけではこんな風にはなれない。実際友人同士であるこの二人だからここまでできるんだろうな。

みんなでの食事のシーンもよかったなぁ。特に海外ではこうやってみんなでワインを傾けて、それぞれが色んな話をして、ということがよくあるから、これもまたリアルで楽しめた。名前忘れたけどお友達のおばちゃんの話も心を打った。たぶんそれはジェシーかセリーヌのどちらかがいつか味わう痛みだからなのか、自分のことを考えたのか。

ギリシャの美しい風景もまたよかった。
今回はフラッシュバックのラストシーンがなかったけど、それはたぶん、二人にはそれが必要がなかったから、というふうに解釈していいのかな。

会話ばっかりを追うのは大変だったけれど、それでも心地の良い映画だったな。またいつか、続きを見るのがとても楽しみ。
ラベル:映画「は」行
posted by minori at 17:32| 宮城 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画「は」行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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